「燃える闘魂」伝説 [学び]
苦しみの中から立ち上がれ アントニオ猪木「闘魂」語録 (宝島SUGOI文庫)
- 作者: アントニオ猪木
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2022/06/07
- メディア: 文庫
力道山と馬場とともに過ごした日本プロレスを脱退し、世界の荒鷲・坂口誠二、山本小鉄らとともに新日本プロレスを旗揚げした時、お茶の間の話題は、NET(現TV朝日)20時に始まるワールドプロレスリング中継だった。幼少期、遅くまで友人と遊んだとしても必ず、その時間は、テレビの前にいた。
力道山に憧れ、ブラジルから日本にやってきた後、辛く厳しいトレーニングを重ねた。神様・カールゴッチの指導を受け、世界中を行脚する中で、様々な技を体得していった。必殺技は数々、第一に挙げるのは卍固め。神様・ゴッチは、技をかけたタコの形を称し「octopus hold」と名付けた。後にモハメドアリ(ボクシング)、ウイレム・ルスカ(柔道)、ウイリー・ウイリアムス(極真空手)、チャック・ウェップナー(ボクシング)をはじめ要所格闘技世界一決定戦で数々の死闘を続けた。
猪木の力も万能ではなかった。ハルク・ホーガンの必殺技・アックスボンバーをリング外で受けた。後頭部から強打、鉄柱に前頭部をしたたか打ち、意識を失った。レフェリー・山本小鉄が猪木の舌が巻かれているのをボールペンで引き揚げなければ、生命も危うかったとも報道があった。世界統一を目指し日程的に無理な興行でドイツ巡業も行った。日本で引き分けたドイツレスラーの皇帝・ローランド・ボックに敗戦した。
その他、猪木の相手は、ボブ・バックランドとのWWWF世界ヘビー級選手権、ジン・キニスキー、ジョニー・パワーズとのNWF世界戦、タイガー・ジェット・シンや、上田馬之助、アンドレ・ザ・ジャイアント、スタン・ハンセンとの死闘が記憶の奥から想起されてくる。マサ斎藤との巌流島決戦、NWAジュニアヘビーベルトを巻いたことがあるヒロ・マツダ、UWFを旗揚げした前田日明や藤原義明との闘い。愛弟子、藤波辰巳のライバル長州力との死闘等枚挙にいとまがない。
猪木は本当に強かった。最後まで相手レスラーに攻撃をされていても、アリキックから突破口を開き、ある瞬間、ナックルパートから延髄蹴りで、相手選手をマットに沈めた。観客の期待に応え、願いをかなえてくれた。
猪木の魅力は何といってもストロングスタイルである。ゴッチ流の指導を受け身に着けたブリッジを支える首の力・体幹力を礎に、様々な技を繰り出した。後に前田選手に引き継がれた七色のスープレックス、バックドロップ、ジャーマン・スープレックス・ホールドは芸術的だった。加えて相手レスラーをロープに飛ばし反動を利用して回転しながら、両脚を絡めホールドし3カウントを取る、ローリング・レッグクラッチ・ホールドが素晴らしい技だった。ジャパニーズ・レッグクラッチホールドと名付けられ、弟子の藤波辰巳に受け継がれた。藤波辰巳が凱旋帰国した時、米マジソンスクエアガーデンで、行われたWWWFジュニアヘビー選手権で、チャンピオンのカルロス・ホセ・エストラーダをドラゴン・スープレックスで3カウントを取り、タイトル奪取した鮮烈な記憶がある。藤波辰巳をはじめとしたストロングスタイルで著名なレスラーを生み育てた。
記録はもとよりのこと鮮烈な記憶に残るレスラーだった。日本プロレス時代の永遠のライバルであられたジャイアント・馬場、大学院の先輩でもある鶴田友美氏(ジャンボ・鶴田)はもとよりのこと、もし時間遡及して猪木選手の肉体がこの世によみがえることが許されるのであれば、NWA圏のドリー・ファンクJr、テリー・ファンク、ハリー・レイス、AWA圏のバーンガニア、ニックボックウインクル、WWF圏のボブバックランド、ビリーグラハム、PWF圏の人間風車・ビルロビンソンをはじめとしたストロングスタイルの試合を繰り広げて欲しい。
最後に猪木氏の名言として有名な言葉は、ドン・フライとの引退試合で勝利後、最後にリング上で綴った「道」である。「この道をゆけばどうなるものか、危ぶむなかれ、危ぶめば、道はなく、踏み出せば、その一足が道となる。迷わず行けよ、行けばわかるさ」。
「元気ですか?」と問いかけて下さった。皆に元気と勇気を有難う、燃える闘魂よ、永遠に!!
そして安らかに。 猪木!!ボンバイエ!!
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