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アサーションの原則 [心理]

対人コミュニケーションで衝突が生ずるのは、アサーションの原則を著しく逸脱しているからである。

改訂版 アサーション・トレーニング ―さわやかな〈自己表現〉のために

改訂版 アサーション・トレーニング ―さわやかな〈自己表現〉のために

  • 作者: 平木 典子
  • 出版社/メーカー: 金子書房
  • 発売日: 2009/09/16
  • メディア: 単行本

緑とプライバシーの権利を守る項目で述べた内容を振り返ると、対人コミュニケーションの中で、衝突が生じ、時に感情コントロールが難しくトラブルに発展するのは、アサーションの原則に真っ向から反したコミュニケーションがされているからである。角度を変えると、少数者の欲求を満たすための集団の合意を他者に押し付ける思考等、自己と他者の分離ができていない。生け垣を切るのは生け垣の所有者であり、また、緑を守るのは、基本計画がある地方公共団体の考え方が背景にある。それなのに、所有者でもない者が、空き家の中が見えないのが心配とか、居住すれば良いとか、敷地内の植物もすぐ伸びてしまうから、切れば良い、挙句の果てには、地中を通じて御宅の植物が出ているから迷惑を被っており、早く切って欲しいとか、様々である。驚いたのは、頼んでもいないのに、他人の敷地内に入り、草花を切断する作業を行いながら、その結果、出た植物を捨てる段になって、市役所からゴミが多いと言われているという発言もあった。

http://satheal.blog.so-net.ne.jp/2014-07-14

 このような発言は、全て敷地所有者の自己決定を侵すものであり、私的自治への著しい介入であり、かつ生命自由、幸福追求権の甚だしい侵害であり、法90条、709条を通じて、違法性を帯びるものである。確かに、自治組織の中では、自治組織を構成する集団の法則があり、合意形成をしてそれに従うという考えはあるだろう。しかしながら、本来他者の権利に嘴をはさむのは、本来、自分自身が決定すべきものを他者によって決められることで、尊厳を傷つけることになる。そのことを感じとることができない小集団に対して、著しい心の病理を感じる。

 「火災が心配なので、少し見えやすくしていただくことができると救われます」というのではなく、「火災が心配なので、生け垣を切るのが当然」「道路に面した欅の木を切るのが当然だ」という発言があるため、所有者からすると「あなたに言われる筋合いはないのでは・・・」「医師を受診されると・・・」とか「数か月前駐車スペースを借りることを望み了解し、連絡先もお伝えしましたが、留守電すら入っていませんでした」「欅の木をみながら、四季を楽しませてもらっていますと数カ月前伺いましたが、あの御発言は何だったのでしょう?」と論理を詰めて指摘せざるを得なくなるのである。義務なきことを行わしめ、行うべき権利を妨げる元自治会長を名乗る男性の面会強要は、強要[208]に当たる。強要とは、自己決定を著しく侵すことで違法性が高く、構成要件とされているが、アサーションの原則から逸脱している行為である。アサーション原則を貫くコミュニケーション教育は高齢化が進んだ一部の地域でも必要となっている。

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